彼女の福音
肆拾壱 ― Say It Isn't So ―
何度かためらった挙句、僕は携帯を取り出して、電話帳からその番号を見つけ出した。
コール音が、何故か長く感じる。心の中では早くそれが終わって欲しい気持ちがあったけど、もう一人の自分はそれが終わらないで欲しいと願っていた。このままずっとコール音のままであって欲しかった。
『はい、もしもし。こんな夜中に電話してくるなんて、いい度胸ねヘタレ』
「……そうだね。ごめん」
普段なら「ひぃぃいいっ、お、お許しください杏様ぁっ」とでも言うんだろうけど、今日のぼくはとてもじゃないけどそんな気分にはなれなかった。
『……どうかしたの』
何かを感じ取ったのか、杏が一転して優しい声をかけてくれた。いや優しそうな声色で僕に話しかけた、のほうが正しいかもしれない。本当に気にかけてくれているのかもしれない。あるいは、全部虚構なのかもしれない。
「いや……何でもない」
『何でもなくはないでしょ。何かあったの』
「本当に何でもないんだ。うん、ごめん。ただ杏の声が聞きたかっただけ」
『……変な陽平。でも、どうせだったら、何か話しよ』
そして杏はその日あったことを話し始めた。新しいクラスに、僕そっくりな子がいること。その子が勝気な女の子にちょっかいを出してけちょんけちょんに蹴飛ばされたこと。そしてそんな光景が高校時代の僕らに似ていたこと。
『もしかして、あの子達、将来付き合っちゃって』
「そりゃないね。きっと二人とも『○○なんてだいっきらい』『僕だって××なんて絶対友達になんてなってやんないから』って言い張って、それで中学時代ぐらいにほろ苦い思い出になって涙するってオチだと思うよ」
『あはは。ありえる』
ひとしきり笑うと、杏がちょっとの間黙り込んだ。そしてまた小さく聞いてきた。
『少し、元気出た?』
「……うん。ありがと」
『元気出しなさいよ?あんた、そんなんじゃあたしの苛めに耐え抜けないわよ』
「それってもう決まってるんだね。僕ってもう苛められっ子決定なんだね」
『今更そう言われてもねぇ……ねぇ、本当に何があったの』
「ん。本当に何でもない。ただ、椋ちゃんが……」
そこまで言いかけて、僕は声を失った。喉の奥がカラカラに渇いていた。
『……椋がどうかしたの』
「……いや、僕の勘違いさ」
『……あんたが言いたくないんだったらいいけどさ。ほんと、元気出しなさいよね』
「うん、ありがとう。じゃ」
『おやすみ』
そう言って、僕達の会話は途切れた。僕はしばらく呆けたように突っ立っていたけど、いつの間にか床に崩れ落ちていた。
「はは……やっぱ僕ってヘタレだよね」
乾いた笑いが口から漏れる。
本当は確かめたかった。
「ねぇ、杏」
僕は遠い場所にいる恋人の名前を呼んだ。声なんて返ってきやしないのに、いや、返ってきやしないからこそ、僕はその名前を口にした。
「ねぇ。ねぇ、杏、あのさ」
本当は訊きたかった。この耳で答えを聞きたかった。
「僕と別れたいんだったらさ、そう言ってくれればいいのに」
「ちょっとそれってどういうことだよっ!」
ガタン、と椅子が床の上をずれる音が聞こえて、店内の視線が一角に集中した。
「だから、さっきからゴメンって言ってるでしょ……」
「ゴメンで済むようなことかよっ!何だよそれっ!?他に男ができたって、どういうことっ?」
「だから謝ってるじゃないっ!」
「お客様、店内で大声出すのはお控えください」
ウェイトレスの女の子がそのカップルを宥めているのを見ながら、僕はジュースを飲み干した。氷がカラカラとすんだ音を立てるのを聞きながら、僕は腕時計を見た。
「う〜ん、これじゃ昼休み終わっちゃいそうだよね」
まぁ、いいんだけどね。それだけ僕が後で残ればいいだけの話さ。そう思っていると
「すみません、遅れちゃって」
「いや、僕も今来たばかりだし」
でも椋ちゃんは僕の目の前に置かれた空のグラスを見ると、ふふふ、と笑った。
「忙しいのに呼び出しちゃったりしちゃってすみませんね」
「いやぁ、どうってことないよ。それで、話っていうのは?」
そう言うと、椋ちゃんの表情が翳った。
「あ、あの、春原君、これって私が聞いた話なんですけど」
そして椋ちゃんは僕の顔をちらちらと見ながら、申し訳なさそうに言った。
「お姉ちゃん、春原君と別れたいって話、聞いたんです」
一瞬世界が止まった。
「は?」
ようやく絞り出せた声は、我ながら間の抜けたものだった。
「だからその、お姉ちゃん、春原君と別れたいって……そう聞いたんです」
「へ、へぇ……」
僕は動揺を気取られないために、辺りを見回すと、一気にグラスの中にあった氷を全部口に入れた。ばりゃりぼり、と音を立てながら噛み砕く。
「あ、そんなに一気に冷たいものを食べたりすると……」
きぃぃいいいいいいいん
突然襲ってきた頭痛に、僕はこめかみを押さえた。
「……頭、痛くなりますよ、って言いたかったです……」
椋ちゃんがため息をついた。だけどこれで僕がさっきの話で動揺したとは見抜かれなかったはずだ。みんな僕の奇抜なアクションに目を奪われて、心境の変化から目を離した。はず。
「驚きましたよね。急にこんなことを言ったりして、ごめんなさい」
「ははははは、驚いてなんて、な、ないさ、うん、驚かないよこれぐらいのことで」
普通に対応できたと思ったけど、椋ちゃんは占いの名人だから、それでも僕に気を使ってくれた。やっぱり心が読めるんだなぁ、って少し感心した。
「で、その話、誰から聞いたの?」
「すみません、言わないでほしい、って口止めされてるんです」
もしかすると病院の患者さんなんだろうか。そうだとしたら、確かに種子ゴムとか何かで話せないのかもしれない。
「それ、種子ゴムじゃなくて、守秘義務です」
「趣味医務?」
「何ですかそのボランティアなお医者さんは」
「と、とにかく、何でまた急に杏はそんなことを言い出したりしたんだろ」
「何か、二人の間であったんですか」
胸に手を当てて考えてみた。えーっと、一番最後に暴力を振るわれたのは、杏と椋ちゃんの見分け方がおっぱいがいやっほいかがっかりかだって言った時だったような。いや、まてよ。その後で杏に間違えて出前の注文しちゃって、ラーメンの代わりに辞書が飛んできたっけ。いやいやちょっと待て、その後で確か杏とデートしたとき「ねぇ杏、あそこの女の子、イカす格好してるよね」と言った途端に理由不明の理不尽なビンタが飛んできたっけ。
「結局きっかけいっぱいあるんですね」
「で、でも、杏に限ってそんなことぐらいで別れようなんて言い出さないはずなんだけど」
「春原君」
不意に椋ちゃんが背筋を伸ばした。
「あのですね、お姉ちゃんだって女の子なんです。暴力が過ぎたり勝気がありすぎたり態度がでかかったり妹に比べてペチャパイの癖に何故かコアなファンがいたりしますけど、女の子なんです」
「最後のほう、めっちゃくちゃ関係なかったような……いえ、何でもないです」
目を光らせる椋ちゃんにそういいつつ僕は改めて実感した。この二人、双子なんだなぁって。
「とにかく、女の子にはか弱いところがあるんです。そういう風に喧嘩ばっかりしてると、愛想尽かされちゃってもしょうがないですよ」
「……すみません」
「私に謝らないでください。謝ってすむんだったら、おまわりさんも自衛隊も特殊部隊も衛生兵もいりません」
「ずいぶん具体的なリストだね……」
はぁ、と僕達はため息をついた。
「あのですね」
「……うん、何かな」
「私ね、この頃、春原君でもいいかなって思えるようになって来ました」
「ほえ?」
「だからですね、お姉ちゃんの恋人が春原君でもいいかなって思えるときもあるんです」
「それってつまり今までは認めてくれてなかったってことだよね……」
「はいっ」
「元気よく頷かないでくれませんかねぇっ!?」
「まあそんなことは些細なことです。それよりもお姉ちゃんですけど、確かに春原君の言うことも一理あると思うんです」
「些細なことって……まあいいけど。僕の言ったこと?」
「ええ。確かにお姉ちゃんもそんなことで別れようとかは言わないと思うんです。だから、これには何かあるんじゃないかって」
腕組みして椋ちゃんが頷いた。
「きっとこれには、世界の平和を脅かすような邪悪な陰謀が隠されているんです」
「僕達の恋愛って、そこまでスケールの大きい話だったんだ」
椋ちゃんがすっくと立ち上がって言った。
「こうしてはいられませんっ!私、この事件の真相を確かめてみますっ!お部屋をお連れしますっ!!」
そう意味不明な言葉をいうと、我らが洗脳占い探偵はどこかへ駆け出していってしまった。
「……何というか、ああいう走り出したら止まらないところも杏にそっくりだよねぇ……」
僕はそう笑うと、会社に戻った。
よくこういうシーンだったら、仕事にも手がつかずに窓際でため息をついているのが主人公なんだろう。岡崎が智代ちゃんと喧嘩したとかそういう話だったら、絶対にポカばかりして早退させられるのがオチだと思う。だけど僕の場合は逆に書類仕事が進みに進んだ。
「春ピー、何かマジで変なもん食ったか?」
前歯が僕の肩に手を置いて僕に聞いてきた。何がどうでも、上司に向かって接する態度ではない。
「何だかさー、昼休みの後にー、急に頑張っちゃってー?」
「君達、ずいぶんと失礼なこと言ってくれるじゃん。これが僕の実力ってもんさ。ははは、できる男って辛いね」
「実力?」
「何かきもいー」
「さっきからあんたら失礼っすよね滅茶苦茶?!少しは僕を尊敬しろよ」
「いやむしろ、不気味って感じ?朝っぱら『だりぃ』とか言ってたのに?あんた誰だよ?」
「あんたの上司だよっ!さあ、さっさと仕事に戻った戻った」
しっし、と手を振ると、前歯と伸ばしーが気だるそうにデスクに向かった。そんな二人を見て、僕はため息をついた。
平気。杏が別れたいと思っていても、僕は平気さ。
ほら、こんなに仕事ができてるじゃん。むしろ、今までになく頑張ってるって感じ?そうだよねぇ、この僕、春原陽平がさ、女の一人や二人でだらける訳ないじゃん。
そもそもさ、おかしいんだよ、僕と杏が付き合うのなんて。僕はこの通り、ようやく仕事をこなして食っていってるだけの奴でさ、杏は先生だろ。杏だって仕事が辛いときもあるだろうけど、それでも生きがいがある、そんな風に生きてる奴なんだ。知ってる?高校では二年連続、いやひょっとすると三年連続でクラスの委員長だったんだぜ?そんなのがこんな元不良の僕と付き合ってるなんざ、どだいありえない話なんだよ。
ため息がまた出た。同じ動作のはずなのに、さっきよりも重い気がした。
そんなこんなで一日が過ぎていって、僕は今、部屋の床の上でへばっている。
いろんなことが頭の中に浮かんでは消えていった。何で杏は言ってくれないんだろう。何でいつもと同じように接しているんだろう。僕が傷つくから?そんなことよりも、ずっと隠してこられたほうが迷惑なんだけどなぁ。それにしても、何がまずかったんだろう。今までどうともない感じで接してきたんだけど、これといったすれ違いというか、そんなのは感じなかったんだけどな。それとも、少しずつ距離が離れていって、気がつけばもう戻れないところまで僕達は来ていたんだろうか。
僕は杏が好きなんだろうか。
いや、もちろん嫌いってわけじゃない。それは絶対にない。一緒にいたら楽しいかって?そりゃ、一人で過ごすよりはずっと。だけど、僕は本当に好きなんだろうか。好きといえるだけの資格があるんだろうか。例えば岡崎や芳野さん。二人とも奥さんがいて、誰がどう見ても彼らは彼女らのことが好きだ。何かあったら、身を挺して救うぐらいの事はする。そして彼女らを幸せにする。幸せにできる。
じゃあ僕はどうだろう。僕は冷蔵庫からビールを一缶取り出して、しぱっと開けながらぼんやりと考えた。杏は、幸せなんだろうか。これからもずっと幸せなんだろうか。むしろ、僕なんかと別れたほうがいいんじゃないだろうか。こんな奴とだったら、杏が惨めな思いをしない、なんて確証はどこにもない気がする。
僕はその晩、結構久しぶりに酔いつぶれた。不味い酒だった。
当然、次の日というものはやってくるわけで。そして大量に摂取したアルコールと寝不足のダブルパンチで、僕の頭の中で汐ちゃんが駆け回っているかのような頭痛がするわけで。だけど残酷なことに休日出勤は僕の会社じゃ日常茶飯事なわけで。
まぁそもそも新入社員がほとんど泊まりで働かされるブラックな会社において、長年勤めていてそんでもって帰宅が許される僕には、自慢じゃないけど少しばかりの畏怖ってのはあるようだった。二日酔いはひどかったけど、デスクについてのろのろとでも仕事をやっている僕に、誰も文句は言ってこなかった。何とか昼休みまでこぎつけた時、僕の携帯が振動した。ディスプレイにはくっきりと「彼女様」と出ている。僕は部屋を出ると、蓋を開けた。
「ふぁい、こちら春原ぁ……」
『こちら彼女様。生きてる、下僕?』
「生きてないっぽい……」
『……あんたまさかまた週日に酒飲んだの?やめときなさいって言ってるでしょ』
「ごめん、杏、声大きい……頭に響く……」
はぁ、とため息が電話の向こう側で聞こえた。
『それよりあんた、今夜暇?』
「ほえ?まあ暇だけど……」
『どっかで合えない?椋も一緒なんだけど』
その声で、僕の頭がさっとすっきりした。苦い味が口の中に広がった。
「……そうだね。『てうち』なんてどうかな。駅の近くだし」
『決まりね。じゃあ、何時ぐらいにこっちにこれそう?』
「そうだね、八時とか、それぐらいかな?六時ぐらいにこっち出てさ」
そもそも僕の部署のボンクラ達がちゃんと仕事してくれていれば、土曜日だってのに六時まで拘束されることはないんだけど、それはともかく。昨日のハッスルもあって、いくら朝のペースが牛歩並みでも、今から頑張れば八時までには退社できる自信はあった。
『じゃ、待ってるからね』
そう言って、杏は電話を切った。はぁ、と息をついて、僕は頬を叩いた。よっしゃ、来るなら来い、どうせやぶれかぶれだ。そう自分に言い聞かせて、僕はデスクに戻った。
結局、僕が居酒屋「てうち」についたのは、大体八時十五分ぐらいだった。
「あ、おっそーい」
戸口に立った途端にカウンターから杏の声が聞こえてきた。不機嫌そうな顔の杏の隣に、笑顔の椋ちゃんがいた。杏はまだ髪が伸びていないから、傍目ではどっちがどっちだからわかりづらい。
「十時ぐらいって言ったじゃん」
「あんたね、彼女が待っているときは、ぐらいってのは予定の時間よりも十五分早く来てなきゃだめなんだからね」
「お姉ちゃん、春原君だってお仕事遅いんだからね」
「いいのよ、椋。どうせあたしの下僕なんだし」
「違うよっ!!」
そう大声を出して、僕はようやく自分がいつものペースに戻ったことに気がついた。とりあえずビールを注文した。させられた。三人分。強制的に。
ジョッキをぶつけた後、しばらく間があった。後ろの喧騒と、BGMの演歌がやけに大きく聞こえた。
「あ、あのさ」
「すみませんっ」
僕が口を開いたら、椋ちゃんに頭を下げられてしまった。
「……どういうこと?」
「あ、あの、私、とんでもない勘違いをしてしまって……」
顔を真っ赤にして椋ちゃんが弁解する。しかし、僕は未だにゴリラに夢中だった。
「それを言うなら五里霧中でしょ。あんた、いくらお猿さん並みのオツムだからって、ゴリラに熱入れあげるこたぁないわよ」
「う、うるさいなっ!わざとだよわざと。で、どういうこと?」
すると、杏がやれやれ、と言わんばかりにため息をついた。
「あのさ、陽平。一昨日、何月何日?」
「一昨日?そりゃ、四月一日でしょ」
「そうそう。でさあ、あんたエイプリルフールって知ってる?」
「そりゃあね。杏がいつもよりも僕を馬鹿にする日でしょ……って、あんた失礼っすよね、考えてみたらっ!!」
すると、僕ははたと思い当たった。
「あ、あのさ、もしかするとこれって……」
「……すみません」
椋ちゃんが消え入りそうなくらいの声でまた謝った。
椋ちゃんに電話がかかってきたのは、四月一日の夜だった。
「あ、もしもし、岡崎君ですか」
『よお。元気か』
「はい、いつもどおりです」
『そうか……あのな、柊。お前のさ、姉のことなんだけどさ……』
「は?お姉ちゃんがどうかしたんですか」
一瞬の沈黙があって、岡崎は椋ちゃんにこう告げたらしい。
『今一緒に飲んでたんだけどな。何だかすげえ辛そうなんだ』
「辛そう?飲みすぎなんですか」
『いや、そうじゃなくて、こう、何つーか、感情的に苦しそうって感じでさ。何だか春原のことですっごく悩んでたんだ』
「春原君と?」
『何だか、お互いこのままでいいんだろうか、別れたほうがいいんじゃないかって、そんな感じでさ……』
「え、で、でも、あんなに仲良かったじゃないですか」
『ああ……俺も何が何だかわかんねえよ……』
そんな苦悩交じりの岡崎の声に、椋ちゃんはころっと騙されてしまったらしい。
「わかりました。岡崎君、私が何とかしてみます」
『そうか?悪いな。ああ、あと、このことは俺が話したって言わないでくれるか?杏だって、お前以外の人にこれが広まるのは、好きじゃないだろうしな』
「そうですね。はい、任せて置いてください」
「それで、春原君とお姉ちゃんの関係を占ってみたら、破綻寸前って……」
「……で、結局僕らみんな岡崎に踊らされてたわけね」
何だか脱力。もう、何もかもどうでもいい気がしてきた。
「でも、何だってそんなことを岡崎がするわけ?」
「あー、それはあたし達にも、ねぇ?」
「うん」
そう言ってたはは、と笑う杏と椋ちゃん。
「ほら、あたし達、髪の毛切ってちょっと悪戯したじゃない?それで朋也が見事引っかかっちゃってさぁ」
「その仕返し、という感じみたいですね」
「そっかぁ……仕返しじゃー、しょーがないよねー」
「そーそー、しょうがないしょうがない」
「ですです」
「って、それって僕滅茶苦茶関係ないですよねっ?!」
考えてみれば、僕も悪戯の被害者候補で、悪戯の実行犯は目の前の双子なんだった。
「まぁまぁ、ほら、そこはあたし達と一杯ってことでチャリにして」
「僕がおごってますよねぇ、これっ?!」
まったく、と僕は椅子に座り込んで腕を組んだ。すると、杏がその腕に寄りかかってきた。
「それにね、朋也だって本当にあたし達がやばかったら、こんな冗談言わないじゃない。それって、傍目から見てもあたし達の仲がいいってことで」
えへへ、と杏が笑う。僕はそんな杏の顔を見ているのが恥ずかしくなって、ぽりぽりと頬をかいた。
「このお礼は、まぁ何か岡崎にしてやらないとね」
「それには及ばないと思うけどね」
「え?どうして」
すると杏はふふーんと笑って見せた。
「陽平、狼少年って知ってる?」
「……」
「だから、ちょっとしたジョークだよ。四月馬鹿ってやつだって」
「……」
「俺が智代のことを疎ましく思うなんて、絶対ないって」
「……でも、朋也は四月一日の日にも愛してるっていったじゃないか。あれだって嘘なんだろう」
「あれはマジ。マジだって。ガチで俺は智代を愛してますっ」
「ぷんだ。もう、知らないからな」
「とーもーよーっ!」
「というわけで、ストレスの原因もどっか行っちゃったわけだし、今夜はどんどん飲むわよ」
「私もお付き合いします。今夜は勝平さん、出張で帰ってこれないんで」
「あー、僕は昨日も……いや、なんでもないっす」
はは、と笑うと、僕はジョッキを飲み干した。
恐らく明日も二日酔いだろう。もしかするとまた寝不足かもしれない。でもまぁいいや。何だって来い。頭痛歓迎吐き気上等。そんでもって。
そんでもって、明日同じような顔の杏と一緒に苦しんでやろうじゃん。